仮設の皆さんが暮らす、津波被害に遭った、久ノ浜、四ツ倉、薄磯、豊間・・・は、「いわき七浜」と呼ばれる、風光明媚な地でした。
2014年7月26日土曜日
チーム平・堂根(いわき教会) 春の炊き出しイベント 砂子田さつき祭 盛大に
『仙台教区 復興支援活動ニュースレター 4→6・45通信』 第15号(7月15日発行)に、いわき教会のボランティア、チーム・平堂根の春の炊き出しイベント、砂子田さつき祭の記事が掲載されました。(黄色の部分をクリックしてお読みください)
仮設の皆さんが暮らす、津波被害に遭った、久ノ浜、四ツ倉、薄磯、豊間・・・は、「いわき七浜」と呼ばれる、風光明媚な地でした。
仮設の皆さんが暮らす、津波被害に遭った、久ノ浜、四ツ倉、薄磯、豊間・・・は、「いわき七浜」と呼ばれる、風光明媚な地でした。
2013年11月17日日曜日
いわき教会 砂子田秋祭り
11月17日に行われた砂子田秋祭りについてのいわき教会からの 報告です。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いわき教会「チーム平・堂根」ではいわき市で津波により被災した 方々のすむ1500〜1600人規模の「雇用促進住宅」への支援 を継続して行っていますが、11月17日には砂子田夏祭りとして 大規模な炊き出しイベントを行いました。
支援者75名程度。カトリック横浜教区大和教会/聖母訪問会/無 原罪聖母宣教女会/シャルトル女子修道女会/ビンセンシオ修道女 会/ダルク・・・・多くの団体が協賛してくださいました。
ココナッツもち/おでん/みそ田楽/ベトナム春巻き/焼き芋(茨 城産 紅優花)/焼きそば/ベトナムスープ/さんまつみれ汁(生 すり身を使用)/きのこごはん&白ごはん/カレー/コーヒー・ぶ どうジュース・オレンジジュース・お茶・・・各300食準備。す べて完売。
(自分たちが日常いただくものよりいいものを皆さんに無償で召し 上がっていただきます。お腹いっぱいになっていただきました)
新米390キロを一升を300円でご提供し、これも完売。
出し物として落語/ペルーダンス/フィリピンの歌と踊り/飯豊権 現太鼓/ジャグリング/豪華景品付きじゃんけん大会/民謡歌手 岬花江のステージ・・・こちらも休む間もなく盛りだくさん。
皆様大満足だったようです。
いわき教会では雇用促進住宅に住む皆様にも支援者の方々にもご満 足いただけるような支援を心がけておいでのようです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いわき教会「チーム平・堂根」ではいわき市で津波により被災した
支援者75名程度。カトリック横浜教区大和教会/聖母訪問会/無
ココナッツもち/おでん/みそ田楽/ベトナム春巻き/焼き芋(茨
(自分たちが日常いただくものよりいいものを皆さんに無償で召し
新米390キロを一升を300円でご提供し、これも完売。
出し物として落語/ペルーダンス/フィリピンの歌と踊り/飯豊権
皆様大満足だったようです。
いわき教会では雇用促進住宅に住む皆様にも支援者の方々にもご満
2013年7月22日月曜日
いわき教会「チーム平・堂根」活動報告
《津波による被災者支援活動》
いわき教会のとなり町には雇用促進住宅があり、そこには1500~1600人ほどの人たちが住んでいる。福島では原発の被害がクロ-ズアップされがちだが、ここに住んでいる人たちは津波による被害を受けた方々である。各階18世帯14階建てのこのみなし仮設はいわき市では抜きんでて大きい施設である。いわき教会「チーム平・堂根」では「我が同胞のいわき市民を助けよう」という意見で一致しこの雇用促進住宅への支援を開始した。
あまりに大きい施設すぎて、いわき教会の「チーム平・堂根」が支援を始めるまでは隣にだれが住んでいるかわからないという状況だった。あたかも都会のマンション事情のようである。
津波ですべてが流され、お金も家族も家もない。雇用促進住宅の方々は引きこもり気味になっていたという。雇用促進住宅に住む方たちがお互い親しくなり、協力し合えるようになってほしいと「チーム平・堂根」では考えた。
福島では「大きい仮設にはボランティアがたくさん来るが、小さい仮設にはボランティアが来てくれない」という声をよく耳にする。しかし、大きすぎる仮設には、かえってボランティアがあまり来ないのだという。
「チーム平・堂根」がボランティアに入るまでは社会福祉協議会が月に2回第1、第3金曜日に入っていただけだったという。そこで「チーム平・堂根」では毎週サロンが行われるように第2、第4金曜日にサロンを開くことにした。
カトリック教会がボランティアに入るに当たり、宗教色は出さないでほしいと自治会長さんから言われた。また戸別訪問をしないようにとも言われた。
カトリック教会ではあるが宗教の話は一切しないと約束した。
今もなお、宗教の話はしない。シスターも修道服ではなく私服で支援してくださっている。
「被災者」という言葉は、言うほうも言われるほうもいやだ。
「住宅」の方とお呼びすることにしよう。
私たちが飲むよりおいしいお茶を「住宅」の方に。
私たちが食べるよりおいしいお菓子を「住宅」の方に。
会議机の殺風景さに花を添え、素敵なテーブルクロスも準備して。
全国各地からおいしいお菓子が寄せられた。
毎回おかしは3種類準備し、そこにフルーツも並べられる。
お茶、コーヒー、ドリップ専用コーヒー用ケトルに素敵なティーカップ・・・。
準備に1か月を費やし、雇用促進住宅の全戸にチラシを配り、ポスターもいたるところに掲示してボランティアを開始した。
雇用促進住宅の皆さんとはあっという間に親しくなった。
手作業などの物づくりは取り入れず傾聴を重視している。手作業に集中して気持ちの吐露ができなくなることを避けるためだ。
何でも望みを聞いてくれる人たちだと思われ、要求が大きくなって困ったこともあったが、現在の支援は年2回(5月・11月)のイベントの開催と月2回のサロンの開催、住宅の方の自立支援の食品加工と販売への支援にとどめている。
イベントでは炊き出しを行う。様々な地域の様々な食べ物をそれぞれ300食準備する。このイベントは、サロンにはいつも顔を出せない方々とのふれあい、話をして頂く機会としている。
2012年5月のイベントでは住人同士で「あなたもここにいたの!」という声が雇用促進住宅の人々の間で飛び交っていた。
2011年3月に被災し1年以上たつのに、顔をあわせる機会がなかったのか。その間、この人たちはずっと家にこもっていたのか」とわかり愕然とした。
最近、住宅の方たちからは生活が苦しいという声が上がっている。
自治会費も納められない人も多いようだ。
生活費もままならないらしい。
震災まで食品加工工場で働いていた高齢者は職場を失い貯金を切り崩しつつ年金生活だけで生活している。
「チーム平・堂根」では物資支援を無駄にならないように少しずつ支援している。
また、いわき教会の台所を厨房にし、餅や佃煮、ピクルスなどの加工品を「住宅」の方と一緒につくり、販売して収入につなげ、自立支援している。このプロジェクトのため、中心となって活動している信徒の佐々木三代子さんは食品衛生保健士の資格を取った。
サロンには原発被災者も加わり始めた。「あの人たちは補償をもらっているんだから私たちとは違うじゃないか」とみなし仮設の人たちから声が上がったが、今は仲良くやっている。
雇用促進住宅の皆さんは27年3月には復興住宅に移動することになる。しかし、高齢者には引っ越しが負担だ。ようやくいわき市内での生活環境に慣れたのに不便な生活に戻ることを強いられることになる。復興住宅への移動だけではなく、雇用促進住宅の中での引っ越しも頻繁に強いられている。雇用促進住宅にはカーテンレールもない。
引っ越す度に、やっと親しくなった方とまた別れる。引っ越し先でまた、一からやり直さなければならない。相談相手になるような人と出会うことができるのか...人間はコミュニティーの中で生きている。コミュニティーの崩壊が最も大きな問題である。
いわき教会のとなり町には雇用促進住宅があり、そこには1500~1600人ほどの人たちが住んでいる。福島では原発の被害がクロ-ズアップされがちだが、ここに住んでいる人たちは津波による被害を受けた方々である。各階18世帯14階建てのこのみなし仮設はいわき市では抜きんでて大きい施設である。いわき教会「チーム平・堂根」では「我が同胞のいわき市民を助けよう」という意見で一致しこの雇用促進住宅への支援を開始した。
あまりに大きい施設すぎて、いわき教会の「チーム平・堂根」が支援を始めるまでは隣にだれが住んでいるかわからないという状況だった。あたかも都会のマンション事情のようである。
津波ですべてが流され、お金も家族も家もない。雇用促進住宅の方々は引きこもり気味になっていたという。雇用促進住宅に住む方たちがお互い親しくなり、協力し合えるようになってほしいと「チーム平・堂根」では考えた。
福島では「大きい仮設にはボランティアがたくさん来るが、小さい仮設にはボランティアが来てくれない」という声をよく耳にする。しかし、大きすぎる仮設には、かえってボランティアがあまり来ないのだという。
「チーム平・堂根」がボランティアに入るまでは社会福祉協議会が月に2回第1、第3金曜日に入っていただけだったという。そこで「チーム平・堂根」では毎週サロンが行われるように第2、第4金曜日にサロンを開くことにした。
カトリック教会がボランティアに入るに当たり、宗教色は出さないでほしいと自治会長さんから言われた。また戸別訪問をしないようにとも言われた。
カトリック教会ではあるが宗教の話は一切しないと約束した。
今もなお、宗教の話はしない。シスターも修道服ではなく私服で支援してくださっている。
「被災者」という言葉は、言うほうも言われるほうもいやだ。
「住宅」の方とお呼びすることにしよう。
私たちが飲むよりおいしいお茶を「住宅」の方に。
私たちが食べるよりおいしいお菓子を「住宅」の方に。
会議机の殺風景さに花を添え、素敵なテーブルクロスも準備して。
全国各地からおいしいお菓子が寄せられた。
毎回おかしは3種類準備し、そこにフルーツも並べられる。
お茶、コーヒー、ドリップ専用コーヒー用ケトルに素敵なティーカップ・・・。
準備に1か月を費やし、雇用促進住宅の全戸にチラシを配り、ポスターもいたるところに掲示してボランティアを開始した。
雇用促進住宅の皆さんとはあっという間に親しくなった。
手作業などの物づくりは取り入れず傾聴を重視している。手作業に集中して気持ちの吐露ができなくなることを避けるためだ。
何でも望みを聞いてくれる人たちだと思われ、要求が大きくなって困ったこともあったが、現在の支援は年2回(5月・11月)のイベントの開催と月2回のサロンの開催、住宅の方の自立支援の食品加工と販売への支援にとどめている。
イベントでは炊き出しを行う。様々な地域の様々な食べ物をそれぞれ300食準備する。このイベントは、サロンにはいつも顔を出せない方々とのふれあい、話をして頂く機会としている。
2012年5月のイベントでは住人同士で「あなたもここにいたの!」という声が雇用促進住宅の人々の間で飛び交っていた。
2011年3月に被災し1年以上たつのに、顔をあわせる機会がなかったのか。その間、この人たちはずっと家にこもっていたのか」とわかり愕然とした。
最近、住宅の方たちからは生活が苦しいという声が上がっている。
自治会費も納められない人も多いようだ。
生活費もままならないらしい。
震災まで食品加工工場で働いていた高齢者は職場を失い貯金を切り崩しつつ年金生活だけで生活している。
「チーム平・堂根」では物資支援を無駄にならないように少しずつ支援している。
また、いわき教会の台所を厨房にし、餅や佃煮、ピクルスなどの加工品を「住宅」の方と一緒につくり、販売して収入につなげ、自立支援している。このプロジェクトのため、中心となって活動している信徒の佐々木三代子さんは食品衛生保健士の資格を取った。
サロンには原発被災者も加わり始めた。「あの人たちは補償をもらっているんだから私たちとは違うじゃないか」とみなし仮設の人たちから声が上がったが、今は仲良くやっている。
雇用促進住宅の皆さんは27年3月には復興住宅に移動することになる。しかし、高齢者には引っ越しが負担だ。ようやくいわき市内での生活環境に慣れたのに不便な生活に戻ることを強いられることになる。復興住宅への移動だけではなく、雇用促進住宅の中での引っ越しも頻繁に強いられている。雇用促進住宅にはカーテンレールもない。
引っ越す度に、やっと親しくなった方とまた別れる。引っ越し先でまた、一からやり直さなければならない。相談相手になるような人と出会うことができるのか...人間はコミュニティーの中で生きている。コミュニティーの崩壊が最も大きな問題である。
2013年5月26日日曜日
いわき教会の活動報告5/26
5月26日(日)晴天に恵まれ、内郷雇用促進住宅にて“砂子田さつき祭”が開幕。
昨年の5月、11月に続き3回目。昨年までは“炊き出し&イベント”としていましたが、
震災から2年が経過し、いつまでも“炊き出し”では・・・と、住宅のある地名“砂子田”
の“さつき祭”としました。
私達チーム平・堂根は、昨年3月から月2回(第2、第4金曜日)住宅の方々の憩いの場
として、おいしいお茶とお菓子とともにおしゃべりを楽しんでいただくサロンを開いてきました。(住宅在住の方々は、津波被害に遭われたいわき沿岸部の方々です)
日曜日に開催するイベントは、平日は参加できない仕事をしている方々や子供達も含め、家族ぐるみで参加できるお祭りとしてサロン同様定着してきました。
“砂子田さつき祭”は、チーム平・堂根が計画し進行していきますが、何と言ってもおいしいお料理を作ってくださる方々がいらっしゃるおかげで成り立っています。
その担い手は、サロンに来て下さっている住宅在住の方々(久之浜、豊間など)です。
浜の母さんの腕の見せ所・・・今回のメニューは、五目すいとん、玉こんにゃく、じゃがバター。その他いつも遠方から参加してくださるボランティアメンバーとして、大和教会の大和サポートの皆さん(ホットドック、ココナッツミルク、ペルーダンス、フィリピンバンブーダンス)会津若松教会のチーム赤べこ、ダルクの皆さん(焼きそば、飯豊権現太鼓)仙台白百合学園シスター方(いなりずし、バザー、じゃんけん大会)今回初めての参加の愛徳姉妹会のシスター方(ミニお好み焼き)が、お祭りを一層盛り上げてくださいました。また地元の若者達によるいわきの“じゃんがら念仏踊り”も披露され、皆さん太鼓と鐘の独特の響きに魅せられたようでした。
その他、会津産のお米を1升300円という格安で販売し、売上の一部を自治会に寄付させて頂きました。
お忙しい中、遠方より駆けつけて下さった平賀司教様、フランシスコ会管区長の長谷川神父様に感謝。さつき祭終了後、いわき教会にてミサに与ることができました。
復興住宅建設も徐々に進行していくようですが、私達は今後も、微力ながら被災された皆様に寄り添う活動を模索していきたいと思います。
チーム平・堂根 広報担当 菅野晶子
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